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Eternita

日々の愚痴・妄想小話駄々漏れの場所。 内容はさしてないです....

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「遥かなる時空の中で3」

将臣×望美、南国の楽園にて。
前の続き、異っ常に長くなってしまい、気が付けば制作日数3日!
ブログでそこまで張り切るなよー、と三日前の自分に言いたい(切実っ

前とおんなじで、糖度は低め。のはず。


(まずいまずいまずいーーっ!)

冷や汗が滝のように背中を流れている気がする、それくらい今の状況は芳しくない。
はっきりいって悪すぎる。

ちょっと油断していたのは確かだ。
いくらなんでもこんな白昼堂々、人目を遮るものの何もないこの場所で……、と今思えば甘すぎることを考えていたのも本当。
たとえ将臣君が近くにいても、側の繁みを少し歩けば女性方と合流できたとしても、こんな曇天の中荒れる海なんか見に来るんじゃなかった。
後悔先に立たず、とはまさにこのことだと思う。

(ごめんね将臣君)

心中でこの自体をこそ心配してくれていた幼馴染みに謝る。
私ってほんとにこの島に来てから、将臣君に迷惑しかかけてないような気がする。
そう思って思わず落ち込みそうになる心を慌てて引き戻した。
今は現実逃避をしている場合じゃない。
目の前には、心底嫌な笑みで顔を歪めた男達が、それぞれ思い思いの武器(縄とか鎌とか木槌)を持って立ちはだかっていた。

(四人、間隔は…四メートルくらい?一人は素手)

相対する男達の全身に素早く目を走らせる。
伊達に源氏の神子として戦の直中にいたわけじゃない。
身につけなきゃ生きていけない世界で否応なく会得したものが、今役に立っている事実が、皮肉すぎて笑うことすら出来ない。

(しかもまた平家の人達…)

表だった戦は終わったけれど、本当の意味で火種が全て消えるのは途方もない時間が必要らしい。
もしかしたら、終わらないのかもしれない。

「源氏の神子」

男達の中で、一番右側にいる人が喋る。
見たことのある顔だ。
確かこの島に定住することを決めた夜に、小一時間以上将臣君と話していた…
その人の顔は苦々しいものに満ちていて、心の底から私のことを憎んでいることがわかる。
つきり、とこめかみが痛んだ。
その痛みは徐々に下降してゆき、最後に心臓の上で止まる。
目を逸らすことが出来なかった。
逃げたくなかったっていうのもあるけど、それ以上にきっと逃げてはいけないと感じたから。
ここで逃げたら、私は将臣君の隣にいる資格をなくす。

(将臣君……)

あの戦いで平家を率いてきた幼馴染みの顔が浮かぶ。
彼は今の状況をどう思うだろう、そんなことがとても気になった。

「…覚悟!」

(来る!!)

鎌を刀のように持ち、縄を両手でピンと張るようにして、木槌を振り上げ、突進してくる。
重苦しい灰色で占められた視界の中で、鋭い刃先の銀が眩しい。
対する私は丸腰。
剣は全てが終わったあの日、白龍に返してしまった。
どくどくと血が巡る、腕が冷たくなる。
そんな中、目と足だけが異様に熱い、臨戦態勢のスイッチが入ったと知った。

(ああ、また私は平家と。将臣君の大事な人達と――)

現実とは裏腹に頭が真っ暗になる気がした。


「やめてっ!!!」

響いた声がどこから発せられたのか気づいた時、私は彼女を押し倒していた。
すばやく体制を立て直し、四人を見ると、突然の自体にまだ硬直している。
それを目でとらえて無理矢理彼女を立たせ、距離を取る。

素手の男が、たぶんこの人が首謀犯なんだろう、何か言おうと口を開けるけど、私の腕の中の彼女の方が少しだけ早かった。

「な、なにをっ、何を、考えているのですか!?このような……」

言葉を詰まらせながら、叫ぶ彼女に私も男の人達も声をかけられない。

「こ、このような、卑怯な真似、のぞみさまに、」

なんてこと、という言葉はかすれていて、たぶん私にしか聞こえなかった。
彼女は、泣いていた。
ぎり、と首謀者の男の人を睨み据えながら、唇を必死に噛みしめながら、すごく綺麗な顔で。
光りながら頬を伝う滴は、現代じゃさっきの刃の銀色と同じ言葉で表されるもののはずなのに、正反対の色をしている。
平家の女性の中で、私の一番近くにいた女の子は泣いていた。

「      」

ぽつりと、誰かが呟いた言葉が私の耳に届き、脳に行き着く前で儚く消える。
けど、わかる。
きっとまだ私が一度も読んだことのない彼女の名前だ。

「望美さま……お、怪我は、ありませんか?」

ようやく落ち着いてきたらしい彼女が心配そうに私を見る。
それは私の台詞だって、と軽口を叩けないのは、別に相手がこの子だからって訳じゃない。

「ど、うして、私を庇ったの?」

「え?」

言われた意味がわからない、と私の目に映る顔は訴えている。

「今、ものすごく危なかったんだよ?一歩間違えれば、本当に……」

その先を言葉に出来ず、かちりと歯を鳴らす。
怖かった、この人が私の目の前にいて、両手を広げているのが目に入った時、本当に怖い、と思った。
傷つく覚悟はしてた。
私は前まで源氏、今は平家にいて、それを快く思わない人がいるのは当たり前で。
だから、刃の切っ先を向けられることも甘受できた。
けど……

「もし、私が気づくのが遅れたらどうするつもりだったの?もし、この人達が踏みとどまれなかったら……っ!」

怒鳴りながら、まだ呆然と突っ立ったままの男達をちらりと見る。
私の記憶が確かなら、この子はあの人の――

「の、ぞみさまっ」

「何故、だ。何故お前が……」

私を見て愕然と顔を歪め叫ぶ声に被せるように、一番右にいる、頬に深い刀傷を持つ男がうめく。
戸惑いと、その中に憎しみを隠し持つ言葉は、私の腕に手を掴むこの娘の関心を浚っただけでなく、彼女の瞳の内に炎の種を植えつけたらしい。

「何故、と?私こそお聞きいたします、伯父上」

「何を……」

「何の故があって、還内府様、いえ将臣様の妹の君に刃を向けるのですか?」

毅然として言い放つ言葉にひそむ蔑みに、顔面を真っ赤にする男達を腕で制し、縦の刀傷をもつ男は信じられないものを見るように私の腕に収まる彼女を凝視する。

「なんだと、」

頼りなく呟いたそれは、誰に聞かせるためのものでもないんだろう。
弾かれたように腕の中の女の人を見た私を、彼女は悲しそうに見返す。
その視線に居たたまれず、視線を落とす。

瞬間、ぽつりと手の甲に当たった雨粒とともに聞こえた音に、勢いよく顔を巡らせ茂みを振り返る。

「あ……」

声が出ない。
なんでもない、て言わなきゃいけないのに、笑わないといけないのに。

(なんで、どうして……最悪だよ、こんなタイミングで)

「還内府」

背中から聞こえた呟きは、この場の雰囲気を如実に表していた。
全員が驚きを隠せなくて、それと同時に畏れたんだと思う。
還内府として自分と一門を導いた人の、あまりに冷たく恐ろしい瞳は、声をかけただけでばっさり切り捨てられそうな雰囲気を醸し出している。

「将臣、君……」

全然気づかなかった、いつからいたんだろう。

(最初っから、なんてことはないよね?さすがに…)

彼女と同じ方向から来たなら、きっと正面にいた四人には見えたはず。
なのに、誰も気づかなかったってことは、そこ以外からわざわざ海に出ようとしたことになる。
獣道みたいな、それでもとりあえず唯一の道路以外から……

(なんで、)

暗い空と、暗い海で覆われたこの島が、さらに黒に引きずり込まれてゆく。

「か、還内府、これは、その……」

「黙れ」

男の誰かの言葉は、可哀想なほど無慈悲に殺された。
冷や汗が吹き出す、ここだけ時が止まったような錯覚をおぼえる。
おそるおそる振り返ると、しどろもどろに喋った(らしい)人は、口をぱくぱくさせ、手に持っていた縄は足下に投げ捨てられている。
こんな状況、想定してなかったんだと思う。
しかも、将臣君は今までに見たことないほど怒ってる、並大抵のことじゃない。
予測だけでどうにかなるレベルはもう遥かに超えてしまった。
こんな将臣君に刃向かおうなんて思う人はいない気がする。

「あ、えと。将臣、君?」

思わず伺うようにだした声は、将臣君に黙殺された。

(あーばかばか、なんで変な使命感に燃えてるのわたしっ)

この何とも言い難い状況を、どうにかしようって考えることが間違ってたのか。
雨足は強くなることはなく、けれどねっとりとした気味の悪さを持って、島に暗い影を落とす。

「今すぐここから失せろ、次はないと思え」

氷点下の冷たさで言い切った将臣君の乾いた声だけが、やけに耳につく。
聞いているのかいないのか、行動を起こす人間はまだいない。

「聞こえねぇのか、失せろって言ってるんだ」

その声に弾かれるように、武器を持っていた三人は慌てて反対方向へ駆けだしていった。
一人、刀傷男(もう面倒くさいからこれで!)だけが将臣君を見つめて、突っ立っている。
その男を凍えるような瞳で将臣君が睨みつける。

「お前もだ、……詳しい言い分は、あとで聞くぜ」

言い分、という単語にぴくりと反応した刀傷男は、少しの間口をもごもごとさせ、やがて静かに頭を下げ、前の三人と違い将臣君の脇をすり抜け茂みに消えていった。
ちらり、とすれ違い際に彼女を見た目は、やり切れなさが滲んでいた。


とりあえず、一難去った感じにほうっと息を吐く。
その瞬間大仰に溜息を吐かれ、思わずそっちを睨んでしまった。

「なんだ、望美」

(うっ、……)

向けられるのは冷たくはないものの、温かくもない視線。
まだいつもの将臣君じゃなかった。

何をしたらいいのか分からなくておろおろと視線を彷徨わせていると、もぞりと腕の中の女の人が動いた。
あっという間に、ぬけ出されてしまう。
そのまま、将臣君の真っ正面の砂に膝をついた彼女は、地面に腕を押しつける。

「申し訳ございません!この不始末はすべて私の責任でございます故、どうか……」

「えっ、違っ!」

思わず叫ぶ。
彼に違うと思いきり首を振る。
けれど、将臣君は私じゃなく、彼女だけに視線を据える。
嫌な予感がした。
さっき、彼女が私と四人の間に入った時と同じ、絶対に起こってほしくないことが起こる予感。

「将臣くんっ!!」

「……なんだよ」

心底めんどくさそうに返事をされた。
けれどとりあえず無視されなかっただけ、儲けものだ。

「違うの!全然そうじゃなくて、えーと、とにかく違くって…」

なかなか良い言葉が浮かばない。

「話す時は、言いたいことを整理してから口開けよ」

そんな私に、彼の冷たいお言葉が突き刺さる、そこまで言わなくても良いじゃない。
将臣君は怒っている、私もその怒りの対象なんだと思い知らされる。

「あんたのせいってのは、どういう意味だ?」

その言葉に、はっとする。

(意味、いみ?そんなの決まってる!)

「将臣くんっ!」

「うるさいぜ望美」

すげなく返されて、口をつぐまざるを得ない。
将臣君だってきっと分かってるはずなのに……
そう考えて、だからこそ言わせようとしている彼が憎らしい。

息をのむ彼女を将臣君は何も言わずじっと見続ける。

「そ、それは…」

「将臣く――」

「それは、私の夫が源氏の神子様に、……害されたと、そう伯父は思っているのです」

ゆっくりと雨が降り止もうとする時、私も将臣君も彼女も黙っている。
ぴしり、と殻の割れる音が聞こえるのは私だけなのか。

「…………」

将臣君は静かに息を吐き、眉間に皺を寄せたまま目をつむる。
ほんと、器用なことが出来ると思う。
そして目を瞑ったまま、私を呼ぶ。

「望美」

「何?」

「知ってた、んだよな」

「……うん」

私の肯定に弾かれたようにこっちを見る彼女の目は赤くて。
その赤にちくりと胸の裏側を刺される。

知ってた、最初に彼女に会う前から。
将臣君と共にゆく、と決めて乗船した翌日に、井戸端会議よろしく喋っているところに出くわしたから。
向こうは気づいてなかったけど。

「よし、分かった」

独り言のように言う将臣君はすでに目を開けていて、そこから荒れ狂うような冷たさが消えたことに心の底から安心する。
よかった、いつもの将臣君だ。

「俺が言うのも変だけどな、……これからも望美を頼むな」

「へ?」

「こいつ料理も家事もからっきしだからさ」

さらりと失礼なことを言った将臣君を、彼女はぽかんと見る。
訳の分からない展開についていけないのは私も一緒で、呆然と張本人を仰ぎ見る。

「……はあっ!?」

「うっせーな望美、…ま、そういうことだから」

(そう言う事って、どういう事よ!)

勝手に一人で完結させた将臣君に、慌てて食ってかかる。
正座状態の彼女は、状況が飲み込めていないようで黙ったままだ。

「ちょ、どういうことっ!」

「どうもこうもねぇよ、つーか俺が聞きてえ」

「何を!?」

逆切れみたいに声を荒げる私に将臣君は小さく溜息を吐く。
その反応がまた癇に障る。
将臣君は、顎で男三人が消えた方をしゃくって見せた。

「あいつらのこと、……何された?」

苦しいほど真剣な目が突き刺さる、嘘なんてすぐに見破られる。
黙り込んだ私の頬に、彼女の気遣わしげな視線が当たる。
視線を動かし彼女と見つめ合う。

(この娘、ほんとに綺麗だなぁ)

泣いている時も思った。
今も涙か雨かでしっとりと濡れた頬を薄く染めて、私のことを心配し――

(あれ?薄く染めて……?)

「あーーーっ!!」

思い出した。
慌てて側に駆け寄り、彼女の体を引き寄せる。
やっぱりというかなんというか、顔も腕も首も、全身熱かった。

「おい、どうしたっ?」

怪訝そうに早足でこちらに近づいてくる将臣君に言い募る。

「将臣君、彼女担いで集落に戻って!風邪ひいてるのっ!」

(こんな大事なことをよく今まで忘れてたよね…)

覚悟していたとはいえ、やっぱり気は動転していたらしい。
理解したのか、将臣君は渋い顔で彼女を抱き上げ、私を呼ぶ。

「望美、」

「わかってるよ!」

走らない程度に早足で、ある意味鬼気迫る表情をみせ現れた元総大将に、その場にいた平家の人達はびっくりと固まってしまった。



「んで?」

「うっ……うー」

「唸るなよ」

呆れた声が上から降ってくる。
その声を上げさせてる張本人にだけは言われたくない。

「望美。お前、マジで注意しろよ」

「……」

してるよ、とはさすがに言えない。
昼間散々迷惑をかけた身として、今日くらいはおとなしくしていたい。

あの後、雨がやんで夕方になって、そして夜になった。
私たちは昼間と同じ場所にいて、五時間前とは正反対の海を見ている。
昨日から体調が悪かった彼女は、今日熱を出して倒れ寝床にいるはずで、誰も彼女が抜け出たことに気づいてなかった。
人の目って、あるようでいて実はあんまりないのかもしれない。

「ねえ将臣君。なんで、あの娘にあんなこと言ったの?」

話題を変えるためと、ただ純粋に気になったから、聞いてみる。
将臣君はじっと海を眺めてる。

(ひょっとして聞いてない?…無視とか)

そうだったら凹む、ものすごく。

「昼間の、あの子ならさ、お前と一緒にいさせても大丈夫だって話だよ」

「へ?」

落ち込むに任せていて、突然しゃべり出されて驚く。

「なんだよ、聞いてなかったのか」

「そ、そんなことないない!聞いてたよっ!」

マジか、みたいな目で睨まれる。
怒って、というよりふてくされた感じで、それが私の知ってる将臣君とおんなじで安心した。
ゆっくりと気づかれないように口の端を上げる。
それと同時に、新たな疑問が頭を占領する。

「どうして、そう思うの?」

「んー、お前も大方見当じはついてんだろ」

逆に聞き返された、その振り方は卑怯だよ。
同じ目線で伺うように見つめられる、面白がってるのか真面目なのか。
星が瞬く。
何万という数が私たちの頭上で、生き物のように点滅する。

「まっ、決め手は、あれだな。俺の前で言ったこと」

あっさりと考えを明かした将臣君に、戸惑う。
理由も、私が考えたものと同じだ。
幼馴染みだからって、こういうところまで同じだと、なんだか逆に悲しい。

「望美」

囀るような将臣君の声、それが身を切るような悲痛さで満ちていた時を思い出す。
遥かな昔のようであり、ほんの昨日のようでもあり。
確かにあったことのはずなのに、時々長い夢を見ていたような錯覚に陥る。
そんなことありえないのに……。

「なあ、望美」

呼びかける声は、私の返事を期待している訳じゃない。
わかる、それぐらい。
離れていた期間は長いけど、それ以上に一緒に過ごした時間が多いから。

(『害された』…かぁ、)

望美のために事実をねじ曲げて聞かせた女性、誰よりもその言葉で傷つくのは彼女自身なのに。
私は知らない、彼女の旦那さんがどんな顔をしていたかも、人となりも趣味も特技も、声も、最期の言葉も何も。
唇を噛みしめる、溢れてこようとする涙を寸でで堰き止める。
思い出せない、あの戦いで私が切ってきた人達の顔、いつもまともに見ていなかったから。
真っ正面から対峙することが恐ろしくて、避けていた。

(覚えてないとか、……情けなっ)

別に覚えてたってどういうなったりしないけど。
私が斬ったのかわからない、でも、斬ってないとも言えない。
けど、彼女の旦那が特別源氏の神子に斬られた、と言われてるってことは、どのみちそう遠くないところに真実はあるんだろう。

「望美さーん」

「何よ、将臣君」

「いや呼んでみただけ」

「……嘘ばっかり」

将臣君はお茶らけて笑う。
幼馴染みから敵へと変わっていた人は、それでもこっちでも元の世界でも一番私の機嫌に敏感だ。
だからこそ、私も将臣君の嘘にすぐ気づく。

「バレたか」

「バレバレだよ、将臣君」

言い合って二人で笑う。
この世界に来る前は当たり前だったやりとりをしているはずなのに、酷く新鮮に感じる。
この違和感をどう表現したらいいのかわからなくて、上を見る。
天上には変わらず幾千幾万の光がある。
現代の鎌倉じゃ、どうしたって見れない光景を当然といえる世界に、今の私はいる。

そういえば、前に聞いたことがある。
地球で観測できる星の光は、何年も前の光が届いたもので、もしかしたら昔にその光線を放った星は、今はもう存在しないかもしれない、と。

(テレビで見たんだっけ、)

その星は消滅してしまって、今見えるのは五百年前の光だって。
途方もない話だって、譲君と笑い会った気がする。
安穏としていた過去は、余計を不安に不安にする。

「望美」

え、と言うまもなく、引き込まれたのは将臣君の腕の中で、額を胸にぎゅうぎゅうと押しつけられる。
夜の空とは別の意味で、真っ暗になった視界に瞬きをする。

「ちょ、いきなりどうしたの、将臣君?」

「いきなりじゃ、悪いかよ」

(ええ?)

「期間短いとはいえ、俺ら一応、恋人同士ってやつだろ?」

その言葉を聞き終えた時、ほんとに顔から火が出るんじゃないかと思った。
体温が一気に上昇した気がする。

(こい、恋人って……うわーうわぁーっ)

穴があったら入りたい、死ぬほどは恥ずかしい。
将臣君の口からそんな乙女な単語が出てくるなんて、考えたこともなかったのに。
爆弾発言をかました本人は至って普通で、それがすごく腹立つ。

「なんだよ、違うってか」

将臣君には全てお見通しらしい。
声は、完全に私をからかっている。

「そ、そういうわけじゃないけど……」

(けど恥ずかしいんだよ!!)

ついでに悔しい、見透かされている。
この分じゃ、昼間あったことも将臣君は全部知っていそうだ。

「望美、あんま考えすぎるな。今を生きようぜ」

「将臣君…」

慰めるように髪をなでてくれる手が好き、低く響く声が好き、責任感が強くて根っからのお兄ちゃん気質なところが、とても将臣君らしいと思う。
この人と剣を交えたことも、一度じゃない。

もぞり、と動いて、ちらりと海の向こうにある空を見つめる。
あの光の光源は、まだ宇宙のどこかにあるだろうか、この時も変わらず熱く輝き続けているだろうか。
それとも……、明日にでも突然消えてしまうんだろうか。
まだ在るものと、もうないもの。
どちらか分からない、けれど絶対どちらかであることは確かで。
どちらが夢でどちらが現実なのか、どっちも夢なのか両方とも現実なのか。

「痛っ」

「しわ寄せてんなよ、取れなくなんぞ」

「え!」

デコピンしてきた腕を見ると、その上から女性なら聞き捨てならない言葉が降ってきて慌てる。
それは困る。
意味のないことを、取り留めなく考えてたって絶対ばれてる。
将臣君が深く追求してこなくてよかった。
説明しろって言われても、自分でも全然分からない。

「ねえ将臣君」

「んー」

将臣君は私を抱き寄せたまま、浜辺に目を向け動かない。
拘束は強くないけど、おとなしく解いてくれるとも思えなかった。

「明日から、私にも仕事させてね」

その瞬間、将臣君の顔が勢いよくこっちを向いた。
見開いた目が通常の大きさに戻ると同時に、次は将臣君の眉間に皺が寄る。

「……なんでだよ」

心底嫌そうな顔と声に負けじと声を張り上げる。

「将臣君が言ったんじゃない、今を生きろって!」

「……」

「私だってこの島で生活する人間なんだよ、無職でご飯だけ食べさせてもらうなんてできない」

「………」

「ねえお願い、将臣君!気をつけるから!」

「…………」

「だ、大丈夫だよ?女の人達は私のことほぼ認めてくれたし、その旦那さんだって…、ね?だから、」

沈黙が痛い、将臣君の視線が痛い。
だけどここでひいたら駄目だ。
挑むように自分を見る私についに将臣君が苦笑を漏らす。
やった、と思った瞬間、今までにない強い力で抱きしめられ、顔が近づく。

唇に温かいものが触れた、柔らかく少し湿ったそれは、一瞬で離れていってしまった。

(…………な、に?)

「しゃーねーな、その代わり。お前は、あの子と同じ職場だからな」

そう言って、将臣君は立ち上がり私も立たせる。
しっかりと握られた手はそのまま、歩き出す。
引きずられるように足を動かしながら、さっきの出来事を必死で考える。

「あ…えっ?」

「はは、何さっきから百面相してんだよ」

楽しそうな笑い声がやけに遠くで聞こえた。
ぐるぐると理由とか結果とか原因とかが回る、回る。
詰まるところ、さっきのは……キスぅ?

「ままっま将臣っ!!?」

「ああ、もう一つ追加。お前、いい加減名前呼んでやれよ。寂しがってたぞ」

言いたいことだけ言って、将臣君はさっさと手を引いて歩く。
藍の帳越しに見えるその逞しい後ろ姿を、私は魂を抜かれたように黙ってみていた。

空で星が瞬く、海で風が波を撫でる。
この南の楽園で、私は将臣君と生きる。
笑ってお別れをいう、その時まで……

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